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三千世界の魔王サマ!!

「何このクソゲー、やってらんない」  じめじめと、湿気の膜が纏わりつく四畳半。畳に食い込み、重力を主張するアルミベッド。積んでは崩してを繰り返す、プラスチック製のゲームのパッケージ。  手汗を帯びた携帯ゲーム機を、ベッドの上へ放り投げる。真っ黒な画面に「Game Over」。ゲーム機に背を向け、マットレスに背中を預ける。そのまま畳を滑ると、姿勢を崩していった。後頭部が布団に埋まると、背中に手を伸ばし、布団の上でゲーム機を二、三度滑らせてから回収する。  つい先刻、見たばかりの画面と全く同じ画面。このゲームは不正を働いている。  敵の群れへと飛び込み、竜の住処で食事をし、何度倒れても勇者は死なない。迫る壁に挟まれても、煮えたぎるマグマに落っこちても、結果はおんなじ、あっちっち、じゃないっつーの。  金色の髪を揺らして膝をつき、地面に倒れたと思ったらブラックアウトで再ロード。何事もなかったかのように剣を握って立っている。勇者が不死身とか、笑えない。

 こんにちは。魔王さまは、火星から来た魔王様です。日々、何千何万と死んでいく地球の魔王を救うため、火星から来た悪の使者なのです。 「ねぇ、今死んだじゃん、勇者。せこくない? 魔王さまおこだよ、おこ」  人差し指で金色の後頭部をつつきながら、画面の向こうの勇者に問いかける。しかし、画面のこちらから向こうの様子が窺えても、向こうはこちらに気付かないらしい。てっきり魔王さまが魔王様だから、勇者がシカトしているのかと思ってた。それならそうと早く言ってよね。魔王さま、メッチャ勇者に話し掛けてた。  どうやらこの勇者、魔王さまに幻惑かタイムリープの魔法をかけているらしい。何度も何度も同じ作業を繰り返させ、魔王さまの意思を挫くつもりらしい。なんだよ勇者、勇者の癖にちまちました方法取ってんじゃねぇよ。しかしそっちがその気なら、魔王さまにだってそれ相応のやり方がある。  大体、魔王さまは魔王様なんだから、人間のルールに従う必要なんてない。魔王さまには魔王様のルールを適用するだけだ。ってか、魔王さまがルールですから。  スウェットで手を拭くと、画面へ手を伸ばす。熱を持った液晶をするりと抜けると、砂の中へ指を埋めたみたいに、ぎゅっと締め付けられるような、冷たい感覚が皮膚を包む。  目を閉じ、手首を、腕を、画面へ埋めていく。大きく息を吸い込むと、画面の中へ飛び込んだ。

 そもそも、間接的な手段で解決しようとしたのが間違いだったのだ。そんなまどろっこしいことせずとも、勇者に直接会ってぶん殴ってやれば良い。それが魔王ってもんでしょーが。  改めて辺りを見回す。先程の四畳半と打って変わって、見渡す限りの大草原、草生やしすぎ。幾度のタイムリープを越えてきた魔王さまの記憶を辿るに、ここは「はじまりの平原」ってやつに違いない。ってかさっき、そんな表示を見た気がした。  ここは特に勇者が通っていたからよく覚えている。だけどこの辺に住む魔物は弱過ぎるから、魔王さま的にはあまり好きくない。どれほどの群れへ突っ込んでも、勇者のレベル上げの餌食にしかならないのだ。  しかし、緩やかな丘陵が続くこの場所なら、目的の物も直ぐに見つかるはず。ついさっきまで画面の向こうから見ていたんだから、勇者がこの近くにいるのは間違いない。とりあえず高い場所から見渡そうと、なだらかな斜面の上を目指すことにする。 あまり人が通る場所ではないのだろう。脛の辺りまで伸びた草々を掻き分け、斜面を登る。朝露で湿る草は滑りやすく、踏ん張りが利かない。それでも傾斜と悪戦苦闘していると、 「お前、こんな所で何をしている」 突如、魔王さまの隙を突き、背後から男の声がアタックしてきた。先制攻撃とは卑怯なり。いつも前向き、魔王さまの良い所を逆手に取るとは、さては貴様、魔王さまのファンだな。  肩へ伸ばされた手を、盆踊りを踊るがごとく華麗にかわし、シュババッと音を立てて後ろにワンステップ。小賢しいファンから距離を取る。YES魔王さま、NOタッチ。卑しき平民が、気軽に触れて良いお方ではなくってよ。  2

 シュワッチと気合を入れ、戦闘態勢、不審な男と相対する。お巡りさん、この人、突然声かけてきたんです。怪しいんです。不審者なんです。  爪先を相手に向け、威嚇をしながら相手の出方を窺う。鏡を合わせたかのごとく、左右対称の顔。さらさらの金髪碧眼。あとなんか、キラキラしたイケメンオーラ。間違いない。こいつが勇者だ。イケメンだし。むかつくし。ぶん殴るし。今後の参考にするためメモっておこうか。って、魔王さま手ぶらじゃん。上下スウェットじゃん。こんちくしょう全て勇者が悪い。

 仕方がないので先手必勝怒りの鉄拳といきたいところだが、魔王さま自ら地を歩き、勇者を殴ってしまうのは魔王的美学に反する。玉座に座ったまま相手をしてこそ魔王だ。あと、魔王さま裸足だからなるべく歩きたくない。足痛い。何この雑草、ちくちくするんですけど。焼け野原にしてやろうか。

 丁度良いことに、勇者は魔王さまの魔王的オーラに圧倒されて、口をぽかんとあけている。これなら詠唱を阻害される心配もなし。よし一発、最強魔法をお見舞いしてやるか。

 肩から指の先までを地面と平行に繋げ、掌を天へ向ける。もちろんもう片方の腕は、腰がベストポジションだ。 「闇の炎に抱かれて……――馬鹿なっ!?」  一直線に伸ばしたまま腕を振り回し、もうワンステップ勇者から離れる。いつもだったらこの手の平のへっこんでる辺りから、魔法がむはむはーっと出てくるはずなのに、皺をなぞっても、両手を合わせて円を作っても、何も起きる気配がない。  カッコいいポーズをとっても、中国三千年の歴史を披露しても反応なし。  え? さっきまで魔王さま、魔法使ってたよね? なんで使えないの。画面の向こうからワープしてきた時は使えてたじゃん。何これ、魔王さま、あとで火星に帰れるの? 大丈夫? 問題ない? 「おのれ勇者! 卑怯なりーー!」  きっと勇者が魔法が使えなくなるような魔法を使ったに違いない。勇者のくせになまいきだ。そういうのは魔王さまの専売特許だっつーの。あと魔法って言いすぎてよく分んなくなってきた。精神汚染まで使うとは、お前勇者の意味をググってこい。 「勇者? 何の話だ。お前はさっきから何故踊っている。子供は村で大人しく……」 「魔王さまはガキではない! 魔王さまは魔王様だ!」  魔王さまが一歩踏み込むと、勇者は獣を追い払うように腕を払う。  失敬な。魔王さまのこの御姿は、上下スウェットを含めて、土曜朝八時に絶賛放映中のキッズ達に大人気のアニメの魔王を真似ているのだぞ! カッコいいではないか。代わりにサインをしてやっても良いんだぞ。

 しかし魔法が使えなくなったとはいえ、これで万策尽きた訳ではない。知将魔王は諦めの良いタイプだ。魔法がダメなら物理攻撃。前衛後衛どちらもいけちゃう魔王さま。素敵、惚れちゃう、ちゅーしちゃう。 「勇者、今度こそ覚悟ーー!」  Bダッシュで間合いを詰め、そのまま接触事故を起こすつもりで掌底打ちを打ち込む。狙うのは勿論顔だ。そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!! 「――っいたい!」  勢いよく勇者の顔面に飛び込み、魔王さまの手の平から顔面までの距離がぐしゃりとつぶける。あれ、なんかおかしい。手の甲にタッチしたの、魔王さまのおでこじゃない?  中心から遠い場所を狙ったのに、直立不動、勇者ぶれない。勇者に向かうはずだった力がそのまま魔王さまに反ってくる。今ごきっていっから。  腕が変な方向に曲がった気がして、そのまま地面でのた打ち回る。目の前にあるのは勇者のブーツ? 精神的にも残機減った気がする。

 こんなにも痛いのに、勇者は何が起こったのかも良く分かってないような顔して鼻筋を撫でている。ガムとか貼り付けてないですから。何こいつ、プロテインで出来てるの? 脳筋ってやつ? 違うの魔王さま、どちらかいうと頭脳担当だから。全部勇者が悪いんだってば。

 何が起こっていると言うんだ。しんっじられない。魔王さまの書いた喜劇では、こんなシナリオ載ってない。今頃魔王さまは勇者の屍の上でピースしていたはずなのに。 魔王さまは天才だけど、猿も木から落ちるって言うし、魔王さまはどちらかと言うとドラゴンタイプだけど。カッコ良いし。だから冷静になれ。魔王さま、やれば出来る子。  まずは現状の観察、分析だ。現状を打開するヒントは今見えてる中にあるものだ。よくよく見てみればこの勇者、レベルがカンストしてやがる。ここで何してたんだ勇者。洗濯バサミでボタンを固定して、か弱き魔物達を狩り続けていたのか。ひと狩りで我慢しろって。ゲームは一日一時間。健全に悪事を働いていた魔物達が、こう無慈悲に狩られて良いものだろうか。否、良い訳がない。だからこそ、魔王さまがこの世界に悪の繁栄をもたらすのだ。

 しかし、トリックが分かってしまえばあとは簡単だ。たとえ勇者がレベル99だったとしても、魔王さまは256レベになればいい。今まで気にしたことはなかったが、タイムリープで経験値を稼ぎまくった魔王さまは、2の累乗の壁などとうに乗り越えているはずだ。進撃の魔王さま。勇者なんてキャッチ&リバースだ。

 そうと決まれば魔王さまのレベルをチェック。勇者、土下座するなら今の内だぞ……! 「勇者! いいや、勇者さま!!」  ……人の価値などレベルじゃ測れない。魔王さまのレベルが1だったのは、多分オーバーフローとかそんな感じだ。神様、上限の設定忘れちゃったんじゃないの。

 それにしても気のせいか、先程から勇者がなんだか遠今気がする。物理的に。きっと魔王さまに恐れをなして逃げ出したのだな。仕方ないなぁ、勇者は。でもそんな離れると魔王さまの声聞こえないの、届かないの。魔王さま超寛大だし、許してやるから足を止めろ。あ、ちょっと待って、勇者すばやさもカンストしてる。足はやい。

 勇者の足の先が向かうのは、少し前までの魔王さまと同じ、丘の上。なんのためにそんな場所へ向かうのかは知らないが、ここで勇者を見失うのはすごく困る。一度離れてしまうと、もう一度探し出すのはめんどくさい。  どんどん遠くなっていく勇者の赤いマントを追い掛ける。こういうの、魔王さまのキャラじゃないと思うの。キャラ崩壊だと思うの。 「お、お待ちください勇者さま!」  立ち止まりもしない勇者のマント掴み、無理矢理引き止める。プライドと足の裏の皮をかなぐり捨てて魔王さまが走ったのだ。もう、意地でもこの布は離さない。マントがワイルドになりたくなければ足を止めるんだぜぇ。  しかし、流石勇者。脅しには屈しない。そんな所だけ勇者しなくていいんだから。 「……」 ずるずると2、3メートル引き摺られ、もう楽になってもいいかなって思ったところで、ようやく勇者が足を止める。  草で足の裏、超切った。魔王さま、ぼうぎょにパラメーター振るべきだった。超痛い。

 振り払おうと伸ばされた勇者の腕を、逆に握る。 「まおう……まお……まお……、僕はマオです! ぜひ勇者さまの旅をお供させて下さい! まお……まお……、マオは貴方のお役に立ちたいのです!」  作戦変更だ。レベルを上げて物理で殴る。それでいこう。

「勇者さま! マオさん、肩揉みます! 肩!」  はじまりの平原を、足を止めることなく進んでいく勇者。魔王さまは、いつでも背後からグザ、が出来るよう一歩後をついて行く。  馬鹿め。魔王さまの同行を許したのがお前の運のツキだ。しかし魔王さまは魔王様だし、土下座というものをやったのは初めてだったが、こうも簡単に勇者の意思を挫けるものか。痛くもないし疲れない。恐るべし土下座。魔王さまのファイナルウエポンにしてやってもいい。

 勇者に取り入っておいて、油断した所で一撃必殺、魔王さま頭良い。騙し打ちというのも魔王らしくて案外良いかもしれない。勇者、世界の半分をくれてやってもいいのだぞ。  おまけに勇者の後ろについていれば、戦わずとも経験値がっぽがっぽ。さすが知能派魔王さま。か弱き魔物たち、魔王さまの肥やしになってくれ。魔王さまはお前の屍を越えていく。

 高笑いしそうになるのを抑えつつ、勇者の後ろをぺたぺたとついていく。勇者は終始無言だし、歩く以外やることがないので辺りの景色をきょろきょろと眺める。  丘陵には背の高い木もなく、ずっと遠くの景色に靄がかかっているのまで見える。見渡しが良いと言えばそうなのだが、さっきと今で見える景色も変わらず詰まらない。  しかしこの勇者、どこへ向かっているのだろうか。もしや道に迷ったのではあるまいな。同じ場所をぐるぐる回っていると言われても、魔王さま信じちゃう。 「勇者さま、マオさん達は何処に向かっているのでしょうか」  背中に問いかけてみても返事はなし。不愛想過ぎるぞ勇者。愛想笑いぐらいは出来んのか。魔王さまは今直ぐにでも高笑いしたいぐらいなのに。

 気のせいだろうか。日も沈み始めた気がする。勇者の足から生える影が伸びた分だけ、彼との距離が伸びていく。だから勇者、足速い。魔王さまの足ずたぼろグロテスクなの。知ってるよ勇者、お前モテないだろ。魔王さまがモテないのはお前がわるい。

「ま……マオくん、ストップ、だ」  影踏みで勇者を百回ほど殺した頃、漸く勇者が言葉を発した。 「……敵だ、よ。マオくん」  やけに歯切れの悪い勇者。勇者の視線の先を見れば納得、敵と言ったのは人間だ。仲間割れってやつだっろうか。魔王さまもさっきまでやってたからな。その道のプロだぞ。 「僕には、君が正しいとは思えない」  敵パーティの先頭に立った男が、前振りもなく勇者に剣先を向ける。勇者、そんなに嫌われてんの。思わず笑いそうになるのを堪えると、魔王さまの口の隙間からぷしゅーっと空気が漏れた。

 柄から切先まで約一メートル。それに男の腕の長さを足すと丁度勇者の鼻先に届く。  よく見てみれば、こいつも金髪碧眼、人のよさそうなイケメンではないか。しかもお供に付けているのは魔法使いと僧侶の女の子。ハーレムってやつか。勇者殺せ。即刻殺せ。 「こんなやり方間違ってる。たとえ君の方法で世界を救えたとしても、人々の心は救えない」  剣を突きつけながら、男が言う。よく分からんが、意見が対立しているらしい。勇者は男の顔を見ないまま、剣を手の甲で払い男の腕を下ろさせる。 「では君は、このまま滅びを待てというのか。根を腐らせたまま何をしたところで、意味がない。倒れるのを待つだけなのは、僕はごめんだ」  先程とは打って変わって、流暢に話す勇者。口を通る言葉は滑らかだが、最初に合った時の様子とも、また違う気がする。 「いつもの君に戻ってくれよ。君はそんなこと言う奴ではなかったじゃないか」 「君の思う僕とはなんだ。それは君の理想を押し付けているだけじゃないのか」 「僕はそんなつもりじゃ……お願いだ、今からでも遅くはない。僕と一緒にやり直そう」 「僕は何も間違っていない。……間違いを認めるのは君の方だ」  対話パートが終わって、いよいよ勇者も剣を抜く。そうか勇者は剣を使うのか。今まで相対した魔物達があまりにも雑魚だったので、武器を抜いたのを初めて見た。どうやらこいつは、今までの雑魚とは違うらしい。

 しかし勇者と敵の勇者もどき、二人並んで会話するのはやめてくれ。どっちがどっちだったか分からなくなってくる、お前らキャラが被ってる。唯一無二の魔王さまをもっと見習って欲しい。  先に動いたのは素早さがカンストしている方の勇者だった。トロールが棍棒を振り回すが如く、重力を味方につけ鈍器をぶん回す。これが本場のレベルを上げて物理で殴るか。やっぱり強いじゃん、この作戦。  勇者が勇者で、勇者が勇者で。一度刃と刃がぶつかって、剣の軌道が流れると、どちらが勇者か分からなくなった。恐らく、女の子に応援されてない方の勇者が魔王さまといた勇者だが、そういう決め付けはダメだと思う。

 いつの間にやら雨が降り始め、勇者達が踏み込む度、ぱしゃりぱしゃりと音を立てる。ぬかるんだ上に傾斜のついた地面。危険極まりないので魔王さまは一歩たりとも動かない。魔王さまはお腹を下しやすいほうなので、早く屋根のある場所に入りたい。 「君は何時からそんな勿体ぶった言い方をするようになったんだ」 「勿体ぶった物言いをしているのは君の方だろう」  勇者一号と勇者二号が青春アルバムのページを増やしていく。もう、勝った方が勇者で良いんじゃないかな。魔王さまもう帰りたい。  でも勇者が負けたら一緒にいる魔王さままで負けにカウントされないだろうか。それは問題じゃないだろうか。魔王様として、アウトじゃないだろうか。

 その時、 「これで終わりだ」 きいん、と金属同士がぶつかる音がして、剣がくるくると空中を飛ぶ。遠心力で飛距離をの伸ばした剣は、お約束と言わんばかりに魔王さまの目の前に突き刺さる。これは魔王さまに剣を握れという、神の御達しだろうか。だけど魔王さまは魔王様なので神の言うことは聞かない。  武器を失った勇者に、切先を向ける勇者。この際どっちがどっちでも良い。リア充が滅んでも勇者が倒れても、魔王さまはどっちでも嬉しい。さぁ止めを刺せ、仮勇者。 「行こうか、マオくん」  あと少し、という所で仮勇者は剣を止めた。なるほど勝ったのは、お前だったのか。勇者は雨を振り払い、剣を鞘にしまう。やはり勇者は勇者ということか。すごく勿体無い気がするが、負けた方の勇者にも勝てる気がしなかったので、勇者の後に続きその場を離れる。

 振り返ると、刃物で切られた訳でもない偽勇者の拳から、血が滲んで雨水へ流れていた。そして魔王さま、足痛い。雨水が、傷が沁みる。

 それからの旅路は実に順調だった。  宝箱から装備を拝借したり、民家の引き出しからアイテムを拝借したり、トイレの便座からグミを拝借したり。カンスト勇者の後ろから付いていけばいいだけなので、苦戦することなど何もなかった。  かくして、魔王さまのレベルはガンガン上がり、足の裏の皮はガンガン厚くなっていった。今なら健康マッドの上だって歩けそうだ。  しかし魔王さまのレベルが勇者に追い付くには、何カ月かかるのだろうか。

「これが魔王城か」  長い長い旅を越え、信頼関係を築き、背中を預けあえるようになった頃、魔王さまは魔王城に辿り着いた。  しかし魔王さまのレベルは38。魔王に挑むにはちょっと心許無い……じゃなかった、勇者に挑むには心許無いレベルだった。  賑やかな城下町。行き交う人と馬。足の裏は強化したけど、甲の方はまだなので踏まれないよう気をつける。万が一小指の先だけ踏まれれば、その時点でゲームオーバー確定だ。  王城まで真っすぐ伸びる大通り。その脇には様々な店が並び、活気に溢れている。しかし魔王城の下にしてはやけに人間が多い。これが闇落ちとかいうやつだろうか。地球の魔王、やるな。  それにしても、なんと平和な光景だろうか。この景色を守るため、魔王さまは魔王を守らねばならないのだ。

 さて、たった今、リアルタイムで魔王が殺されそうなのだが、どうしたものか。  数ある扉を通り抜け、襲い掛かる雑兵を千切っては投げ、千切っては投げ(勇者が)。今、最後の扉が開かれようとしている。  せめて勇者の背後を取りたかったのだが、「君の背後は僕に任せて」と、カッコいい台詞を言われてしまった。しかし先頭に立ったこの姿は、まるで魔王さまが勇者みたいではないか。しかし魔王さま、正直先頭大好き。魔王さまを盾にしてやろう、というのが勇者の目論見だろうが、そうは問屋が卸さない。確かに魔王さまのパラメーターはぼうぎょ極振りだが、生憎足の裏にしか振ってない。それ以外は今まで通り、やわらかもっちり肌のままなのだ。  今までで一番重い扉を、体重を乗せて開き、三十センチの隙間を抜けた先は、いわゆる玉座の間だった。扉のある辺と柱を除いた壁は、全面ガラス張り。石の床の上を一直線に伸びたカーペットは赤色で、扉と玉座を結んでいる。魔王さまの三倍はある大きな椅子に腰かけているのが、恐らく魔王だ。足を組んでてちょっとエロい。あとちょっとで見えるのだけども。  扉をすり抜けた先で待ち構えていた兵士達が、一斉に魔王さまに剣を向ける。しかしお前らの相手は全て勇者が引き受ける。  しかし彼女の、いかにも魔王らしい登場シーン。魔王さまもそういうのやりたかった。ってか、魔王さまもこういう所に住みたい。四畳半一間じゃなくて、せめて1LDK欲しい。洗濯機とか屋内に置きたい。冬とか寒いし。  嫉妬で狂ってしまいそうだったが、魔王さまはこの魔王を助けに来たのを忘れてはならない。こいつを助けてから謝礼を交渉することにしよう。  予定が狂い、少しだけレベルが足りないが何も作戦がないわけじゃない。後ろからグサ作戦は、未だに健在だ。  勇者が魔王を倒すには、勇者は魔王に近付かなくてはならない。要するに、勇者は魔王さまの前に出なくては、魔王を倒せないのだ。なら勇者を前に出さねば、勇者が魔王を討つことはない。その上、もし勇者が魔王さまの前に出たとしても、そのガラ空きの背中をグサーッだ。我ながら完璧な作戦。流石魔王さま、隙がない。 「マオくん、おとりは任せたよ」  馬鹿め勇者。そうやって精々魔王さまを信頼しているが良い。それとなーく勇者の車線上に入り、追い越しを阻害してやる。口笛なんかも吹いていれば上出来だ。  魔王さまは勝利を確信した。これぞ魔王さまの作戦勝ち。頭脳派プレイの大勝利。なんなら末代でも語ってくれたっていい。 「魔王くん、ちょっと邪魔。ウザい」  それはたった一言だった。一瞬だった。  魔王さまに向かってウザいとは何事か。ウザいじゃなくてウザ可愛いにしろ。一家に一台は置きたくなるほどキュートだろ。  それはそうと、先程から何だか足の裏以外の場所が痛い。そうだ、胸が痛いんだ。これは恋か、恋患いなのか。余りにも愛おし過ぎる魔王さまに、恋をしてしまったのか。気付いてなかったけど。  まるで刃物でぶっ刺されたような痛みだ。痛みに膝が抜け、そのまま池に落ちてしまいそうだ。いや、もう既に落ちている。砂の中に沈んでいくように、体が重くなっていく。  赤い床の上を勇者の靴が進んでいる。地平線で半分遮られた視界で、血に塗れたナイフが跳ねる。勇者が持っているのは剣だ。それは駄目だ。鈍器だ。殴ったらすごく痛いやつだ。勇者の靴がカーペットを進む。止めなくてはと思うのに、魔王さまは半分、砂の中だった。

 気が付けば見慣れた四畳半。蝉が鳴いている。  ベッドの上の携帯ゲーム機。真っ黒な画面に「Bad End」。 「やってらんない、何このクソゲー」  足の裏の皮は硬い。 「勇者なんて、大っ嫌いだ」


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